お得な寝台(“パン下中段”)が懐かしいモハネ582形(モハネ582-106)
下書きのまま放置してしまったので鮮度落ちの情報ですが、先日(2/17)、JR東日本秋田支社から交直両用寝台電車583系の引退について発表がありました。
長年活躍した583系も、4/8(土)の秋田〜弘前間で運転される団体臨時列車の2往復を最後に引退するということです。
世界初の寝台電車581系(直流・交流60Hz対応)の後継車として東日本地区の交流50Hzにも対応した3電源タイプの電動車に変更した583系が登場したのが1968(昭和43)年ですから、私と同じアラフィフです。
しかも、最盛期には昼間は座席特急に、夜は寝台特急に使用され、1日に1,500km近くをロングランする過酷な運用に就いていたこともありました。“昼も夜も”働く日本一忙しい車両として日本全国を駆け巡っていました。
山陽新幹線の博多開業と東北新幹線の盛岡開業によって在来線の昼行特急運用の多くが廃止されたため、国鉄末期はほぼ夜行列車のみの運用となり昼夜走りずくめの状態から解放されました。
幼少のころをヒガハス(東北本線東大宮〜蓮田間)の線路沿いの団地で過ごした身なので、583系というと上野〜青森間の特急「はつかり」と寝台特急「はくつる」のイメージが強過ぎますが、実際に乗るようになったのは「はつかり」が盛岡〜青森間に追いやられてからです。485系とともにかなりお世話になりました。
正直に言って、ベネシャンブラインドを内蔵したガラスの汚い二重窓や、重心が高く横揺れがひどいことなどから583系は敬遠していましたが、なくなると決まってしまうと寂しいものですね…
後年改造でベネシャンブラインドが撤去されて車窓の景色が楽しめる普通の特急形車両になりましたが、1980年代中ごろからは急行「きたぐに」や臨時快速列車での活躍が主流となったため、それ以降は特急料金が不要な乗り得な車両に変わりました。
今回の583系引退のニュースを受けてほとんどのサイトやブログは「月光形」と呼ばれた貫通形先頭車(クハネ583形)にフォーカスした写真がたくさん掲載されているようなので、当ブログでは旅慣れた人たちに人気だった“パン下中段”と呼ばれた寝台区画を配置したパンタグラフ付きのモハネ582形をアップしたいと思います。
快速「あいづライナー」の代走に入ったときに撮影したものです。
モハネ582-106(仙セン) 2011年5月28日 会津若松駅
上の写真をクリックすると大きな写真が表示されます。
583系の寝台車は、中央通路の両側にレール方向にベッドが並んでおり、上段・中段・下段の3段式B寝台となっています(のちに2段式に改造したA寝台車 サロネ581形が追加)。
そのため車両限界ギリギリ近くまで屋根高さを高くして3段の寝台(ベッド)を納めていますが、パンタグラフを搭載している部分だけは屋根を低くせざるを得ないため当該部分だけ低屋根にした構造になっています。同部分にトイレ・洗面所を配置して無駄をなくすように設計されていますが、低屋根部分はそれ以上に広いため中段・下段の2段式でベッドを配置しています。
その部分の中段、具体的にはモハ582形の1・2・11〜14の中段は他の区画よりも寝台高さが高く、“パン下中段”と呼ばれて人気の区画となっていました。1両あたり6名分しかありません。しかも、1編成にパンタ付きの車両は2〜4両しか連結されていません。
上の写真をよく見ると側窓上部の小さな明かり窓が1つしか設置されていない場所があります(クリーム色部分に明かり窓のない箇所)。その部分が“パン下中段”にあたります。
もう583系は寝台車として運転されることがないようなので、みどりの窓口で席取りゲームを繰り広げたのはすでに過去の話しとなりました。
京都鉄道博物館に保存されているのは先頭車のクハネ581形(「きたぐに」で使用された クハネ581-35)だけなので、それを間近に見ることもできなくなりました。
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